紛争後の非公式経済が平和構築を困難にする理由:失敗事例に学ぶ要因分析と教訓
導入
紛争終結後の社会では、正規の経済システムが機能不全に陥っていることが多く、人々の多くは日々の生計を非公式経済(インフォーマル・セクター)に依存しています。市場での小規模な露天商、個人請負の労働、非正規の transport services、あるいは国境を越えた非公式な貿易など、その形態は多岐にわたります。非公式経済は、特に脆弱な立場にある人々にとって、生存を確保するための重要な手段となります。
しかし同時に、非公式経済はその構造ゆえに、平和構築の取り組みにとって看過できない複雑な課題を提起します。それは、合法性の曖昧さ、国家による管理の困難さ、そして時に紛争の継続や再燃に繋がる要因となる可能性があるためです。
本稿では、歴史上の平和構築における困難や失敗事例を分析する「平和構築の真実」の視点から、紛争後の非公式経済がなぜ平和構築の足かせとなりうるのか、その構造的な問題と具体的な失敗事例に焦点を当てて掘り下げていきます。過去の事例から学び、現在の平和構築活動や国際協力プロジェクトに活かすための具体的な教訓や示唆を導き出すことを目的とします。
紛争後社会における非公式経済の構造と課題
非公式経済は、法的な登録や規制、課税の対象とならない経済活動の総称です。紛争後社会では、国家機構の弱体化、インフラの破壊、正規雇用の不足といった要因により、非公式経済が国民経済の大部分を占めるようになることが少なくありません。
非公式経済は、職を失った元兵士や国内避難民、そして紛争中に孤立したコミュニティにとって、最もアクセスしやすい生計手段を提供します。また、正規の市場やサービスが機能しない地域では、物資の供給やサービスの提供といった社会的な役割も果たします。
しかし、その一方で、非公式経済は平和構築にとって以下のような潜在的な負の影響を内包しています。
- 違法活動との結びつき: 非公式経済の一部は、密輸、違法採掘、森林伐採、武器や麻薬の取引といった違法活動と密接に結びついていることがあります。これらの活動は、組織犯罪や非国家武装主体の資金源となり、治安悪化や紛争の再燃リスクを高めます。
- 国家による経済統制と税収の弱体化: 非公式経済が拡大すると、国家は経済活動を十分に把握・管理できず、税収を確保することが困難になります。これは、公共サービスの提供能力や、治安部門、司法などの国家機構を再建・強化するための財政基盤を脆弱化させます。
- 汚職の温床: 法規制や監視が及ばない非公式経済は、役人による賄賂や不正蓄財の機会を生み出しやすく、国家における汚職を蔓延させる要因となります。汚職は国家の信頼性を低下させ、国民の不満を高め、不安定化を招きます。
- 労働者の権利保護と社会保障の欠如: 非公式経済の従事者は、労働法による保護や社会保障(医療、年金など)の恩恵を受けられません。これは、貧困や脆弱性を固定化し、社会的な不満や不平等を拡大させる可能性があります。
- 正規経済との格差拡大と社会的分断: 非公式経済が拡大する一方で、外部からの投資や支援が正規経済の特定セクターに偏ると、両者の間に大きな所得格差が生じ、社会的な分断を深めることがあります。
- 元戦闘員や特定のコミュニティの依存: 除隊兵士(DDR)や紛争で特定の経済基盤を失ったコミュニティが非公式経済に深く依存し、正規経済への移行が困難になる場合があります。これは社会統合を阻害し、不満の蓄積に繋がります。
具体的な失敗事例分析:非公式経済が平和構築を阻害した要因
非公式経済に起因する平和構築の失敗事例は、世界各地で見られます。ここでは、複数の事例から共通して見出される失敗要因を分析します。
例えば、豊富な鉱物資源やその他の天然資源を有する紛争影響国において、非公式な採掘や貿易活動が継続・拡大したケースです。政府による統制が及ばない遠隔地の鉱山や国境地域では、かつての戦闘員や犯罪組織が非公式な採掘・輸送ネットワークを支配し、利益を武装勢力や汚職した役人に還流させました。
この状況で、外部からの平和構築支援は、しばしば以下のような要因により、非公式経済の負の影響を抑制し、平和構築を促進することに失敗しました。
- 非公式経済の実態に対する理解不足: 支援側が、現地の非公式経済が持つ複雑な構造、主要なアクター(誰が、どのように関わっているか)、そして合法・非合法の活動がどのように混在しているかを十分に理解していませんでした。表面的な観察や、正規経済への移行を前提とした画一的なアプローチでは、実態に即した効果的な介入は不可能です。
- 国家機関の弱体化と汚職への無力: 政府の行政能力や法執行能力が極めて脆弱な状況では、非公式経済、特に違法な活動を規制することは困難です。さらに、汚職が蔓延している場合、規制当局や治安機関が非公式経済、特に利益の大きい違法活動から賄賂を得る構造ができあがってしまい、彼らが非公式経済の維持にすら関与するようになります。外部支援が国家機関のキャパシティ・ビルディングを試みても、こうした構造的な汚職の壁に阻まれることが多々ありました。
- 正規経済支援の偏り: 外部からの経済復興支援が、輸出向けの一次産品開発や、都市部のインフラ整備といった正規経済の特定セクターに偏重し、非公式経済に従事する人々のニーズや現実を無視したケースです。正規経済への参入障壁(スキル、資金、コネクションなど)が高い状況で、非公式経済従事者への代替となる生計手段や、正規化への段階的な支援を提供しなかったため、彼らは既存の非公式経済に留まるしかありませんでした。
- 非公式経済アクターの抵抗: 非公式経済から利益を得ているアクター(地域有力者、元戦闘員、犯罪組織、汚職した政治家・役人)は、正規化や規制強化によって既得権益を失うことを恐れ、あらゆる手段でこれに抵抗しました。彼らは、コミュニティ内での影響力や、時に暴力を用いて、外部からの介入や政府の改革を妨害しました。
- 短期的な視点と成果主義: 外部支援が、短期的な「成果」(例: 小規模プロジェクトの件数、トレーニング参加者数)を重視するあまり、非公式経済のような根深い構造的問題への取り組みを避けたり、表面的な対応に終始したりすることがありました。非公式経済の構造を変え、人々を正規経済へ段階的に統合するには、長期的な視点と持続的なコミットメントが必要です。
失敗から学ぶ教訓と実務への示唆
過去の失敗事例は、紛争後の非公式経済に対する認識の甘さや不適切な介入が、平和構築の脆弱性を高めることを明確に示しています。これらの失敗から、現在の平和構築活動や国際協力の実務に活かせる重要な教訓と示唆が得られます。
- 徹底した実態調査と文脈理解: 非公式経済に関わる支援を行う前に、その地域・コミュニティの非公式経済がどのような形態で、誰がどのように関わっており、紛争や権力構造とどのように結びついているのかを、時間をかけて深く理解することが不可欠です。表層的なデータだけでなく、質的な情報収集(インタビュー、参与観察など)を通じて、多様なアクターの視点や動機を把握する必要があります。
- 包括的かつ段階的な経済復興戦略: 正規経済の復興を目指すだけでなく、非公式経済従事者への配慮を含む包括的な戦略が必要です。これは、非公式経済からの「締め出し」ではなく、段階的な「取り込み」や「正規化」を目指すアプローチです。具体的な支援としては、職業訓練、小規模ビジネス支援、金融アクセス改善、事業登録プロセスの簡素化、社会保障へのアクセス提供などが考えられます。特に、女性、若者、元戦闘員といった脆弱層に焦点を当てた支援が重要です。
- 汚職対策と連携したアプローチ: 非公式経済の負の側面、特に違法活動や汚職との結びつきに対処するためには、ガバナンス強化、法執行機関のキャパシティ・ビルディング、そして汚職対策との連携が不可欠です。経済支援と並行して、透明性の向上、説明責任の強化、反腐敗メカニズムの構築などを支援する必要があります。
- ローカルアクターとのエンゲージメント: 非公式経済に関わる地域社会のリーダー、商人組合、そして当事者である従事者自身との対話とエンゲージメントが不可欠です。彼らのニーズ、課題、そして非公式経済における役割や価値を理解し、支援プロセスへの「所有権」を高めることが、持続的な変化に繋がります。
- 柔軟性と長期的な視点: 非公式経済は極めて多様で動的です。画一的なプログラムではなく、現地の状況やニーズに応じて柔軟に対応できるメカニズムが必要です。また、非公式経済の構造変化や正規化は一朝一夕に実現するものではありません。短期的な成果を追求しつつも、長期的な視点を持ち、持続的に関与していく覚悟が求められます。
まとめ
紛争後社会における非公式経済は、人々の生存を支える生命線であると同時に、汚職、違法活動、国家能力の弱体化を通じて平和構築を阻害する複雑な要因となり得ます。過去の失敗事例は、この非公式経済の複雑性を過小評価したり、一方的な介入を試みたりすることが、意図せざる負の結果を招くことを示唆しています。
非公式経済の構造、アクター、そして合法・非合法の活動が混在する現実を深く理解し、現地の文脈に根差した包括的かつ段階的なアプローチを取ること。そして、汚職対策やガバナンス強化と連携しつつ、長期的な視点で地域社会や非公式経済従事者とのエンゲージメントを深めること。これらの教訓を実務に活かすことが、紛争後の社会をより安定した、インクルーシブな道へと導く鍵となるでしょう。非公式経済という現実に向き合い、そこから学びを得る真摯な姿勢こそが、「平和構築の真実」を理解し、より効果的な支援を実践するための第一歩となります。