平和構築における「所有権」の幻想と現実:なぜローカルアクターの主導は困難なのか、失敗事例からの教訓
はじめに:「所有権」(Ownership)概念の重要性と実践の壁
国際社会が主導する平和構築活動において、「ローカルな所有権」(Local Ownership)の確保は、その成功と持続可能性にとって不可欠な要素として広く認識されています。これは、被支援国や紛争当事者自身が平和構築のプロセスを主導し、国際社会はそれを側面から支援するという考え方です。この概念が重視される背景には、外部からの介入のみでは現地の複雑な状況に対応しきれないこと、また、当事者の主体的な関与なくしては、構築された平和が根付かないという歴史的な教訓があります。
しかしながら、多くの平和構築の現場では、この「所有権」をどのように実現し、誰が「ローカルなアクター」として真にプロセスを担うべきなのかという問いに対し、現実的な困難に直面しています。理念としては素晴らしい「所有権」も、実践においてはしばしば「幻想」と化し、その欠如や歪みが平和構築の失敗に繋がっています。
本稿では、歴史上の具体的な事例も踏まえながら、平和構築における「所有権」概念の実践がなぜこれほど困難を伴うのか、その多角的な失敗要因を分析します。そして、この分析から導かれる教訓や示唆が、現在の国際協力や平和構築の実務にどのように活かせるのかについて考察します。
「所有権」実践における困難と失敗要因の分析
国際社会が平和構築において「所有権」の重要性を認識しているにもかかわらず、その実践がうまくいかない要因は複合的です。主な失敗要因として、以下の点が挙げられます。
1. 当事国・ローカルアクター側の課題
- 国家機構・能力の脆弱性: 長年の紛争により、行政機能や公共サービスの提供能力が著しく低下している国では、政府が平和構築のプロセス全体を主導する能力が不足しています。計画策定、調整、実施、モニタリングといった基本的なガバナンス能力が欠如している場合、国際社会が実質的に主導せざるを得なくなります。
- 当事国政府の意図と正統性: 紛争後の政府は、しばしば旧紛争当事者によって構成されており、自らの権益維持や特定グループの優遇を優先する傾向があります。この場合、「所有権」は国家全体の利益ではなく、一部勢力の利益のために利用される可能性があります。また、国民からの正統性が低い政府の場合、その主導する平和構築プロセスも広く支持されにくくなります。
- 市民社会・コミュニティの分断と脆弱性: 政府以外の「ローカルなアクター」として期待される市民社会やコミュニティ組織も、紛争により分断されたり、政府からの弾圧を受けたりして、その能力や代表性が脆弱になっていることがあります。多様な声が平和構築プロセスに反映されにくい状況が生まれます。
2. 国際アクター側の課題
- アジェンダ設定の主導: 国際アクター(国連、二国間ドナー、国際NGOなど)は、それぞれ独自の優先順位、資金提供者の関心、専門性に基づいて行動します。結果として、現地のニーズや優先順位よりも、国際アクター側が設定したアジェンダがプロセスを主導してしまうことが少なくありません。
- 時間的圧力と短期成果の追求: ドナー国の国内政治や資金サイクルにより、平和構築には短期的な成果が強く求められる傾向があります。ローカルなプロセスは合意形成に時間を要することが多く、国際アクター側が「待てない」ために、性急な改革やプロジェクト実施を主導してしまい、「所有権」が侵害される結果を招きます。
- 資源の不均衡による力関係の歪み: 国際アクターは、当事国政府やローカルアクターと比較して、圧倒的な資金、専門知識、人材、情報を持っています。この資源の不均衡は、国際アクターが「支援者」ではなく「決定者」として振る舞いやすい構造を生み出し、真のパートナーシップ形成を阻害します。
- 既存権力構造への迎合: 国際アクターが、短期的な安定を優先するあまり、現地の既存の政治エリートや紛争に関与したアクターとの関係構築を重視し、彼らの意向に沿った形で「所有権」を解釈・適用する場合があります。これにより、構造的な問題や周縁化されたグループの声が無視されることになります。
- 文脈理解の不足: 現地の複雑な政治力学、社会構造、文化、非公式な権力関係などに対する国際アクターの理解が不十分な場合、表面的な「所有権」の移譲に留まり、誰が真の影響力を持っているのか、どのようなアプローチが現地に根付くのかを見誤ることがあります。
- 国際アクター間の調整不足: 多数の国際アクターがそれぞれの論理で活動することで、当事国政府やローカルアクターにとって負担が増え、彼らが全体を把握・調整することが困難になります。これも「所有権」の発揮を妨げる要因です。
3. 「所有権」概念自体の曖昧さ
- 「誰の所有権か?」という問いへの明確な答えがないことも問題です。国家政府なのか、議会なのか、司法府なのか、市民社会なのか、地方政府なのか、特定のコミュニティなのか。紛争後の状況は多様であり、それぞれの紛争における正統な「所有者」を特定し、彼らをプロセスに包摂することは容易ではありません。
これらの要因が複合的に絡み合い、例えばアフガニスタンやイラク、南スーダンといった紛争後国家における国家建設や制度構築のプロセスにおいて、「所有権」が十分に機能せず、国際社会の主導にもかかわらず安定化や持続的な平和が困難を極めた事例が数多く見られます。
教訓と示唆:実務に活かせる「所有権」へのアプローチ
上記の分析から、平和構築における「所有権」を単なるスローガンに終わらせず、実質的なものとするためには、国際アクターのアプローチに根本的な見直しが必要です。以下に、実務に活かせる具体的な教訓と示唆を述べます。
- 「所有権」の現実的な理解と多層的なアプローチ: 「所有権」は当事国政府のみに帰属するものではなく、多様なローカルアクター(議会、司法、地方行政、市民社会、伝統的リーダー、女性グループ、青年、マイノリティ集団など)に分散して存在することを認識すべきです。どのレベルの、どのようなアクターに「所有権」を委ねる(あるいは共有する)のが適切なのか、文脈に応じたきめ細やかな分析と戦略が必要です。全てのローカルアクターが利害を共有しているわけではない点にも留意が必要です。
- 能力強化への長期的な視点と伴走型支援: ローカルアクターの能力は、短期的な研修や資金提供だけで向上するものではありません。時間をかけた、きめ細やかな制度構築支援、人材育成、メンタリング、そして何よりも彼らのプロセスを「伴走」する姿勢が重要です。国際アクターは「代わりにやる」のではなく、「できるように支援する」役割に徹するべきです。
- 国際アクターのアプローチの自己規律と調整: 国際アクターは、自らのアジェンダや時間軸を押し付ける誘惑を抑制し、ローカルアクターの優先順位やペースを尊重する必要があります。ドナー間の協調を強化し、当事国政府やローカルアクターが調整の負担に圧殺されないよう配慮することも不可欠です。真の「パートナーシップ」とは何かを問い直し、力の不均衡を自覚した上で、より対等な関係構築を目指す必要があります。
- 真の文脈理解への投資: 短期的なミッションや限られた情報源に基づく判断ではなく、現地の歴史、社会構造、文化、非公式な権力関係、コミュニティレベルのダイナミクスを深く理解するための時間と資源を投資すべきです。これは、誰が真の「所有者」となり得るのか、どのようなアプローチが現地に根付くのかを見極める上で不可欠です。現地の専門家や研究者との連携強化も有効です。
- 報告書・提案書への示唆:
- プロジェクトの計画段階で、対象となる「ローカルアクター」を具体的に定義し、彼らが「所有権」をどのように発揮できるか、そのための支援戦略を詳細に記述する。
- 想定されるローカルアクター側の能力不足や政治的リスクを正直に分析し、それに対する緩和策を提案に盛り込む。
- 能力強化や制度構築のコンポーネントを単なる活動リストにせず、ローカルアクターが自立して活動を「所有」できるようになるまでの具体的な道のりや指標を設定する。
- 短期的なアウトプットだけでなく、ローカルアクターの能力向上やエンパワメントといった長期的なアウトカムに焦点を当てたモニタリング・評価指標を設定する。
- 国際アクター間の調整メカニズムや、当事国政府との情報共有・協議プロセスについても具体的に記述する。
まとめ
平和構築における「所有権」は、理念としては極めて重要であり、持続的な平和を実現するための鍵となります。しかし、その実践は当事国側の課題、国際アクター側の課題、そして概念自体の曖昧さといった複合的な要因により、多くの困難を伴ってきました。過去の失敗事例は、「所有権」を単なる掛け声に終わらせず、いかにしてその実質化を図るかという厳しい現実を私たちに突きつけています。
国際協力NGO職員として平和構築の現場に携わる皆様にとって、これらの教訓は日々の実務において重要な示唆を与えるはずです。「所有権」を巡る困難を深く理解し、多層的かつ長期的な視点を持ってローカルアクターに伴走する姿勢こそが、真に現地に根差した平和構築を実現するための第一歩となるでしょう。この分析が、皆様の今後の活動や報告書・提案書作成の一助となれば幸いです。