紛争後社会における市民社会組織(CSO)支援の困難:なぜ外部からの助言・資金が混乱や分断を招くのか、失敗事例からの教訓
導入:期待と現実のギャップ
紛争後の社会において、市民社会組織(CSO)は平和構築の重要な担い手として期待されています。彼らはコミュニティレベルでの信頼を基盤とし、草の根のニーズを汲み上げ、和解の促進、民主的な制度の定着、人道支援の提供など、多岐にわたる活動を展開します。このため、多くの外部アクター、特に国際NGOや政府開発援助(ODA)機関は、CSOへの資金的・技術的な支援を積極的に行ってきました。
しかし、歴史上の多くの事例を見ると、外部からのCSO支援が必ずしも期待通りの成果を上げず、時には支援されたCSOとそうでないCSOの間での分断を生んだり、コミュニティ内の既存の社会構造や伝統的なリーダーシップとの摩擦を引き起こしたりするなど、意図せざる負の効果をもたらしたケースが少なくありません。なぜ、善意に基づいたはずのCSO支援が、かえって平和構築のプロセスを困難にすることがあるのでしょうか。
本稿では、歴史上の複数の紛争後社会におけるCSO支援の経験から見られる共通の困難や失敗要因を分析し、そこから導かれる教訓や示唆について考察します。これは、現在進行中の、あるいは将来の平和構築活動において、CS務への応用可能性を追求することを目的としています。
本論:失敗要因の多角的分析
紛争後社会におけるCSO支援の失敗は、単一の要因で説明できるものではありません。そこには、外部アクターのアプローチ、ローカルな社会構造、そして紛争が残した複雑な遺産が複合的に影響しています。主な失敗要因として、以下の点が挙げられます。
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外部アクターの短期志向と成果主義: 外部ドナーは、自身の事業サイクルや報告義務に基づき、比較的短期間での目に見える成果を求めがちです。このため、時間を要する能力強化や、ローカルなペースに合わせた関係構築よりも、迅速な資金執行や指標達成を優先する傾向があります。これにより、CSOはドナーの要求に応えるための活動に追われ、本来の目的であるコミュニティのエンパワメントや持続的な変化の実現から遠ざかることがあります。また、ドナーの優先分野が頻繁に変わることで、CSOの活動の継続性や専門性の深化が妨げられるケースも見られます。
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資金提供が引き起こすローカルな競争と分断: 外部からの資金は、紛争により資源が限られた社会において、CSO間の激しい競争を生む原因となります。限られた資金を獲得するために、CSOはドナーの関心を引きそうな活動を企画したり、他のCSOとの協力を避けたりすることがあります。また、特定のCSOへの大規模な資金流入は、そのCSOの相対的な影響力を増大させる一方で、資金を得られなかった他の多くのCSOやコミュニティ組織との間に新たな格差や軋轢を生む可能性があります。
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外部基準・概念の無批判な適用: 外部アクターはしばしば、自国や国際社会で通用するガバナンス基準、会計システム、あるいは「市民社会」そのものの概念を、現地の文脈を十分に理解せずに持ち込みます。しかし、紛争後社会には独自の伝統的な社会組織や意思決定プロセスが存在する場合が多く、これらのローカルな仕組みと外部からの基準が衝突することがあります。例えば、「透明性」や「説明責任」といった概念が、ローカルな文脈では「権威の失墜」や「内部告発」と受け取られ、コミュニティからの信頼を損なう可能性もあります。
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ローカルな力学と歴史的背景への理解不足: 紛争後社会におけるCSOの活動は、過去の紛争に関与したアクターとの関係性、民族的・宗派的な分断、地域間の不均衡など、複雑な歴史的背景やローカルな力学の影響を強く受けます。外部アクターがこれらの機微を理解せずに支援対象を選定したり、活動内容を設計したりすると、知らず知らずのうちに既存の分断を強化したり、紛争再燃のリスクを高めたりすることがあります。特定の民族・宗派に偏ったCSOへの支援や、過去の加害者・被害者の区別なく「和解」を急ぐようなアプローチなどがこれに当たります。
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CSOの自立性・持続可能性の軽視: 外部資金への過度な依存は、CSOがローカルな資源動員やコミュニティからの支援によって自立的に活動する能力を弱体化させます。ドナー主導のプロジェクトが終了すると、CSOの活動も停止してしまう「プロジェクト依存症」が蔓延することがあります。これは、長期的な視点に立ったCSOの組織開発や、地域社会におけるCSOの持続可能な基盤づくりを支援する視点が欠けていた結果と言えます。
教訓と示唆:実務への応用に向けて
これらの失敗事例から、現在の平和構築活動におけるCSO支援に活かせる重要な教訓と示唆が得られます。
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「共に学ぶ」姿勢の重要性: 外部アクターは、「支援する側」という優位的な立場から降り、ローカルなCSOを対等なパートナーとして尊重し、共に紛争後社会の課題や解決策について「学ぶ」姿勢を持つべきです。一方的なノウハウの提供ではなく、ローカルな知見や経験に耳を傾け、共同で戦略を練り、柔軟にアプローチを修正していくプロセスが必要です。
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「資金」だけでなく「関係性」への投資: 資金提供はCSO支援の重要な要素ですが、それが引き起こす競争や依存を避けるためには、資金を提供する「方法」自体を工夫する必要があります。例えば、複数のCSOによる共同申請を奨励したり、ネットワーク構築や情報共有を支援したりすることで、競争よりも協力を促進する仕組みを作ることが考えられます。また、資金だけでなく、CSO間の信頼関係構築や伝統的組織との連携強化といった「関係性」への投資が、持続的な平和構築には不可欠です。
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ローカルコンテクストへの深い理解と適用: 外部基準や概念を適用する際には、必ず現地の社会構造、文化、歴史、そして非公式な力学を深く理解しようと努める必要があります。画一的なアプローチではなく、各CSOの多様性やそれぞれのコミュニティにおける役割を尊重し、彼らが最も効果的に活動できるような、ローカルに根差した支援のあり方を模索することが求められます。必要であれば、外部基準の適用を柔軟に見送る判断も必要になるかもしれません。
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包括的なアクター分析: CSOだけでなく、政府機関、伝統的なリーダー、宗教指導者、民間セクター、メディア、そして元戦闘員など、紛争後社会の多様なアクターを包括的に分析し、CSOがこれらのアクターとどのような関係性にあるのかを理解することが重要です。CSO支援が、これらの複雑な関係性の中でどのような影響を与える可能性があるのか、潜在的な負の効果を予測し、それを最小限に抑えるための戦略を立てる必要があります。
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持続可能性と自立性の支援: 短期的なプロジェクト成果だけでなく、CSOが外部資金に過度に依存せず、ローカルな基盤で活動を継続していけるような能力強化を支援することが長期的な視点では不可欠です。これには、資金調達能力の強化、組織マネジメント能力の向上、そして地域社会からの支持を得るためのコミュニケーション戦略の支援などが含まれます。
まとめ:過去から未来へ
紛争後社会における市民社会組織(CSO)への外部支援は、多くの善意と期待を持って行われてきましたが、その道のりは決して平坦ではありませんでした。過去の失敗事例は、外部アクターの短期的な視点、ローカルな競争の誘発、外部基準の無批判な適用、そしてローカルな力学への理解不足などが、かえって平和構築のプロセスを阻害しうることを私たちに教えてくれます。
これらの教訓を真摯に受け止めることは、現在の、そして未来の平和構築活動に携わる者にとって不可欠です。CSOを単なる「支援対象」としてではなく、変化の担い手としての潜在力を最大限に引き出すためには、ローカルな知見を尊重し、資金だけでなく関係性への投資を行い、ローカルコンテクストに根差した柔軟かつ長期的なアプローチを実践していく必要があります。過去の失敗から学び、より効果的で持続可能なCSO支援のあり方を共に追求していくことが、真の平和構築への道を開く鍵となるでしょう。