避難民・国内避難民の自発的帰還:なぜ計画外の移動は平和構築を困難にするのか、対応失敗事例とその教訓
紛争後社会における「自発的帰還」の困難と、外部アクターの対応の失敗
紛争が終結し、あるいは一時的に収束した後、避難を余儀なくされた難民や国内避難民(IDPs)が故郷へ帰還するプロセスは、平和構築における最も重要かつ複雑な要素の一つです。多くの国際機関や支援団体、そして当事国政府は、この帰還プロセスを計画的かつ秩序立てて管理しようと試みます。しかし、現実には、しばしばこうした計画とは異なる「自発的帰還」が発生します。治安の局所的な改善、避難先での経済的困窮、あるいは単に故郷への強い郷愁といった様々な動機から、人々は公式なプログラムや支援が整う前に、あるいはそれらが利用できない地域へと自発的に戻るのです。
この自発的帰還そのものが問題なのではありません。問題は、この自発的かつしばしば予測困難な人々の移動に対して、外部アクターや政府が効果的に対応できない場合に生じます。計画された帰還プログラムに焦点を当てすぎたり、自発的帰還者のニーズを迅速に把握できなかったり、あるいは彼らが戻った地域のインフラが壊滅的であったりすることで、帰還者は再び極めて脆弱な状況に置かれます。そして、この脆弱性が解消されないまま放置されることは、個人の尊厳を傷つけるだけでなく、土地紛争の再燃、生計機会を巡る対立、治安の悪化、さらには新たな紛争や不安定化へと繋がる可能性があります。本稿では、紛争後社会における避難民・国内避難民の自発的帰還が、なぜ平和構築を困難にするのか、その背景にある外部アクターの対応の失敗要因を分析し、そこから導かれる教訓と示唆を探ります。
自発的帰還を巡る対応の失敗要因
紛争後の歴史を振り返ると、ルワンダ虐殺後の大規模な帰還、シエラレオネやリベリアの内戦終結後の帰還、あるいはアフガニスタンにおける度重なる帰還の波など、多くの事例で自発的帰還が大きな課題となりました。これらの事例から見られる、外部アクターや政府の対応における共通の失敗要因は以下の通りです。
- 計画主義と柔軟性の欠如: 多くの国際機関や政府の帰還計画は、事前に設定されたスケジュールや、比較的安全でインフラが整備されやすい地域への「管理された」帰還を前提として設計されがちです。しかし、現場の状況は常に流動的であり、人々の帰還の動機やタイミングは計画とは大きく乖離します。外部アクターがこの現実に対応するための戦略的な柔軟性や、資金・人員の再配分能力を持たない場合、計画外の自発的帰還者は支援の網から漏れてしまいます。
- ニーズ把握の遅れと不正確さ: 自発的帰還者は、公式な登録やモニタリングシステムに乗りにくい傾向があります。そのため、彼らが現在どこに、どれくらいの規模で帰還しており、どのような緊急ニーズ(食料、シェルター、医療、水・衛生など)を抱えているのか、正確な情報が迅速に把握できません。情報収集が遅れ、あるいは断片的であるために、必要な支援が適切なタイミングと場所に届けられないという事態が発生します。
- ローカルコンテクストの軽視: 自発的帰還は、しばしば地域レベルの治安状況や社会経済的要因、そして故郷の土地やコミュニティとの強い結びつきといったローカルな動機によって促されます。しかし、外部アクターによる支援計画は、中央政府やより広範な地域レベルの分析に基づきがちで、帰還先の村や地区が抱える固有の課題(土地所有権を巡る伝統的な慣習、受け入れ住民との関係性、地元のリーダーの役割など)を十分に理解・反映していません。これにより、支援が地域社会の力学と衝突したり、既存の対立を悪化させたりする可能性があります。
- 土地問題への対応の遅れと不備: 紛争中に放棄された土地や住居は、しばしば他者に占有されたり、所有権を示す文書が失われたりしています。自発的に帰還した人々がまず直面する課題の一つが、自分たちの土地に戻れない、あるいは土地を巡る新たな争いに巻き込まれることです。司法システムが機能不全に陥っている紛争後社会では、この土地問題の解決は極めて困難ですが、外部アクターの支援が法的・制度的な側面や、ローカルな解決メカニズムへの支援に十分焦点を当てない場合、不安定化の大きな要因となります。
- 生計機会の創出への不十分な注力: 自発的帰還者は、急いで故郷に戻るため、農業用具や種子、あるいは仕事を見つけるための資金やスキルを持たない場合が多いです。彼らが持続的に生計を立てる手段がなければ、食料不安に陥り、再び避難を余儀なくされたり、非合法な活動(犯罪、非国家武装主体の支援など)に頼らざるを得なくなったりします。外部支援が緊急人道支援に留まり、長期的な生計回復や雇用創出への投資が不十分である場合、脆弱性のサイクルを断ち切ることができません。
- 外部アクター間の連携不足: 国連機関、国際NGO、地元NGO、政府機関、地域社会のリーダーなど、帰還支援に関わるアクターは多岐にわたります。しかし、特に自発的帰還者への対応においては、情報共有が進まなかったり、役割分担が不明確であったり、あるいは限られた資源を巡って競合したりすることがあります。これにより、支援の重複や抜け漏れが生じ、自発的帰還者のニーズに包括的に応えることが困難になります。
失敗から学ぶべき教訓と実務への示唆
これらの失敗事例から、現在の国際協力や平和構築の実務に活かせる具体的な教訓と示唆は数多くあります。
- 柔軟で適応力のあるプログラミング: 帰還プロセスの計画は必要ですが、現実には自発的で計画外の移動が必ず発生することを前提とするべきです。事業計画は、厳格なスケジュールや特定の地域に固執せず、予期せぬ人々の動きや変化するニーズに迅速に対応できる柔軟性を持つ必要があります。資金や人員の再配分に関する内部プロセスを簡素化することも重要です。
- 継続的かつ迅速なニーズアセスメント: 自発的帰還者のいる地域も含め、現場の状況を継続的に、かつ迅速に把握するためのモニタリングシステムとアセスメント能力を強化する必要があります。公式な登録データだけでなく、コミュニティからの情報、衛星画像、携帯電話データ、ソーシャルメディア分析など、多様な情報源を活用し、リアルタイムに近い形でニーズを把握し、対応に繋げる仕組みを構築します。
- コミュニティベースのアプローチの強化: 支援の設計・実施において、帰還者本人たちだけでなく、彼らが戻るコミュニティの受け入れ能力や課題を深く理解し、関与させることが不可欠です。コミュニティ主導のインフラ復旧、帰還者と受け入れ住民間の対話促進、地域レベルでの紛争解決メカニズムの支援などを通じて、社会的な再統合を促進します。特に、土地問題に関しては、伝統的な解決メカニズムと近代的な法制度の連携を模索することが重要です。
- 支援対象者の包摂: 「計画された帰還者」と「自発的帰還者」の間で支援に差を設けるべきではありません。最も脆弱な状況にある人々、すなわち最もニーズの高い人々に支援が届くよう、公平性に基づいた対象者選定基準を適用します。自発的帰還者が多い地域への資源配分を強化することも考慮します。
- 生計支援とインフラ復旧の統合: 緊急シェルターや食料支援といった人道支援は不可欠ですが、同時に生計手段の回復や基本的なインフラ(水、衛生、住居、医療、学校)の復旧に早期から投資することが、人々の定着と安定には不可欠です。これらを統合したアプローチを計画し、実施します。
- アクター間の情報共有と連携: 支援に関わる全てのアクター間で、現場の情報や分析結果を積極的に共有し、共通の理解に基づいた戦略と行動計画を策定します。定期的な調整会議の開催、共通のデータベース構築、役割分担の明確化などにより、支援の効率性と効果を高めます。特に、自発的帰還という予測困難な事態に対応するためには、平時からの緊密な連携が不可欠です。
- 報告書・提案書作成への示唆: 事業の成果を示す報告書や、新規事業の提案書を作成する際には、帰還プロセスにおける自発的移動のリスクをどのように分析し、それに対してどのような柔軟な対応策やモニタリング手法を盛り込んでいるかを具体的に記述することが、ドナーやステークホルダーからの信頼を得る上で有効です。また、自発的帰還者の声や彼らが直面する固有の課題を、定性的・定量的なデータとして収集・分析し、報告書に反映させることで、より実態に即した課題認識と提案を示すことができます。
まとめ
紛争後社会における難民・国内避難民の自発的帰還は、計画通りには進まない複雑な現実を突きつけるものです。過去の多くの事例が示すように、外部アクターがこの現実を十分に理解せず、柔軟性に欠ける対応を続けた結果、帰還者は再び脆弱化し、それが地域社会の不安定化へと繋がるという失敗を繰り返してきました。
この教訓は、現在の平和構築や人道支援に従事する私たちにとって非常に重要です。私たちは、計画に固執するのではなく、人々の自発的な動きやローカルな実情に目を向け、迅速かつ柔軟に適応できる能力を培う必要があります。自発的帰還者を支援の網から漏らすことなく、彼らのニーズに寄り添い、彼らがコミュニティの一員として尊厳を持って暮らせるよう支援することが、真に持続可能な平和を築くための鍵となります。過去の失敗から学び、より人間中心で適応力のあるアプローチへと転換していくことが、今後の平和構築活動に求められています。